« モネ展(国立新美術館)を見る | トップページ | F1 カナダGP燃えるラスト3周! »

2007年6月 7日 (木)

お絵かき論1

暫らく忙しくて滞り気味でしたので・・一息。

「絵がうまい」とは何か。

昔から、1つの疑問としている問いだ。
絵には様々な種類や表現があるにもかかわらず人は絵を見て、うまい下手を判断する。
真にうまいかどうかの判断は、おそらくは当人にしかできないのではないだろうか?
なぜなら、好みの違う他人に、どんなに素晴らしい絵を見せても、嫌い・理解できない・下手くそと、関心を寄せることは無いだろう。仮にあったとしても、それは、容認した域を脱するまでには至らない。
しかし、当人であれば、もっとも正しい判断をくだせるはずである。
普段右手で描いている絵と、左手で描いた絵では、まったく同じイメージ描いたものでも、そのイメージを的確に再現できているかどうかの判断は、当人なら、ずばり言い当てられるはずである。
実際、普段描かない左手で、線を引くと、思わぬ方向にぶれてしまうといった経験はないだろうか。
思い通りの線が引けない=絵がうまくない、の数式が先の問いに対する私の今の答えだ。
普段描かない左手で、線を引きながら、右手の線の描き方と比較してみると、実に描くという行為は奥が深い。
なれない左手では、まず第1に動作が鈍い。鉛筆をつかむ親指・人差し指、鉛筆に添える中指の3本は、それぞれ描く線の方向によって役割が異なるのに、それをコントロールするための筋肉か、神経が発達していないためだからだ。
縦線は、3本の指で描けるが横線は、手首の動きが必要になる。また、縦線では、親指が大きな働きを占めているし、斜めの線では、人差し指が重要である。
中指は、全ての動作を一定の高さで行えるようにささえる要を担っている。
それらを意識して左手で描くと、以外に早く左手でうまく描くことができるようになる。
デッサンの基本である縦横斜めの縞模様による陰影では、鉛筆の描きはじめと終わりでは、鉛筆を持つ位置は変わっている。
右手では、瞬時にそれを行い意識することすらないために、左手でうまく描けないのが、なぜか気がつきにくいのだ。
筆圧や、鉛筆の芯を立てたりしてえエッジをつけるなどの動作も、無意識でおこなっている右手から、左手へは、なかなか移行できるものではない。

ここまでは、手の筋肉が大きく描く行為に影響していることについて述べたが、描く行為にはもうひとつ、イメージすることが欠かせない。
イメージを描けなければ、どんなにうまく鉛筆を操れても、絵がうまくなることはありえない。
線を描くその0.1秒前にイメージした軌跡をなぞる。この行為を左手では強く意識しなければならない。
イメージについても、手と同様に、左用に意識を働かせる必要がある。
右手の時に考えている、線の描く方向は、右手で描きやすい向きであるからだ。
右手で描きやすい方向は、左手では、描きにくくなる。文字を書く場合は、書き順よりも、描き易い方向に手が動いてしまい混乱することだろう。
では、どうイメージをするのか。
もう1つの課題である。

|

« モネ展(国立新美術館)を見る | トップページ | F1 カナダGP燃えるラスト3周! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/99206/15340374

この記事へのトラックバック一覧です: お絵かき論1:

« モネ展(国立新美術館)を見る | トップページ | F1 カナダGP燃えるラスト3周! »